バスキュラーアクセス教育 インタビュー

 当院ではバスキュラーアクセス診療にも力を入れています。 この分野は理論だけでなく実地でのトレーニングを受けないと、 なかなか臨床現場で「使える」技術を習得するのが難しい分野です。 その教育現場を覗いてみました。

教えられる人編
 「教えられる人側」として、北海道大学内科IIからの派遣医師として勤務くださった上田雄翔先生、 同じく北海道大学内科II出身で当院常勤医の近藤桂一先生が1年間を通して学んだことについてインタビューに答えました。

育てる人編
 「育てる人側」として、 苫小牧日翔病院バスキュラーアクセスセンターの飯田潤一先生と当院理事長の遠藤陶子先生が、 技術習得と伝授について思うところを会談しました。

※バスキュラーアクセス
血液透析を行うために血液を体外に取り出すための経路のこと。内シャントなどが代表的。

左から遠藤陶子理事長、近藤桂一部長、上田雄翔医師、飯田潤一医師


教えられる人編 ~ 近藤桂一医師、上田雄翔医師


―シャントや⾎管の診察について振り返ってみていかがですか?
 シャントの状態を正しく評価するためには、まず⽬で⾒ることも⼤切なのですが、 ⼿を使ってしっかり触診しなければなりません。しかるべき場所で駆⾎したり解除したり、 指先の感覚で⾎管の張りをみたり、時には強く圧を加えたりなど、⾎管と会話するかのようにして、 ⾊々な情報を収集して考えなければならないことが今ではある程度理解のうえ実践できていると思うのですが、 当初シャント診察を習得しはじめた時期を振り返ってみると、 触診でシャントを閉塞させてしまうのではないかという可能性を考えすぎていて、 なかなか⼗分な診察が出来ずにいました。


―どうやってそれを打破できたのですか?
 まずエコー検査を⾏なって、シャントの状態を画像として捉えました。 エコー検査は侵襲がほとんどないので、安全に診察することができるからです。 しかし、飯⽥先⽣の診察を拝⾒していると、エコーを使ってはいないのに、 ⾃分が⾏うエコー検査よりも正確な判断をなさっていることに気づきました。 何故だろう?と飯⽥先⽣の診察を観察するようにしました。


―技を盗もうとしたわけですね
 飯⽥先⽣の診察⽅法を観察するにつれ、先⽣はしっかり触ってシャント⾎管の形状や⾎管壁の硬さや⾛⾏、 張りなどを意識して診察していらっしゃるのではないかという推察が⽣まれてきました。 それぞれの所⾒の意味が頭の中で結びつくのに時間がかかりましたが、 飯⽥先⽣の診察⽅法についての理解を踏まえたうえで、⾃分でも⾎管を積極的に診ること、 その結果をPTA(経⽪⾎管形成術)の際の造影で確認することの繰り返しを⾏いました。



―答え合わせができたような感覚でしょうか
 ⾎管造影をおこなうと、2次元構造+時間軸でシャントの有り様を捉えることができるのだと気づきました。 ⾎管の硬い・柔らかいもあくまで相対的な感覚であるので、はっきりしたポケットが頭の中になかったのですが、 診察結果についてフィードバックを繰り返しいただくことで、判断⼒が⾝についてきました。


―初学者がそこまでの域に達するのは⼤変だったのでは?
 ⾃分で判断できる、もしくは判断できなくてはならないという思いを持てるように(時には背⽔の陣で!)促していただいたことで、 診察技術が⾝についたのではないでしょうか。さらに、⼀件⼀件の診察についてフィードバックをいただけたことも⼤きいです。 「当事者意識を芽⽣えさせる教育」をして頂いている実感があり、とても感謝しています。


―シャント⼿術についてはいかがでしょうか
 飯⽥先⽣、陶⼦先⽣のお⼆⼈の先⽣の⽅法を両⽅⾒学できることが⼤きなメリットです。 鈎の引き⽅や、吻合の際の⼿順も、様々なバリエーションを通してみることで視点が⾃動的に多⾓化するので、 理解が進みます。正直申して⼿術についてはまだ理解が深いとは⾔えないのですが、 少しずつ学べていると思います。


―⼿術は難しいですか?
 最初は、先⽣⽅はどこに⾎管があるのかどうしてわかるのだろうか?と思ったり、 術中の⾎管評価など、全くわかりませんでした。でも回数を重ねて⾒学していくうちに、 先⽣⽅が解剖学的な理解にくわえて術中所⾒と触覚などでもって「あたりをつけている」のかなとわかるようになってきました。


―⼿術については、PTAで得られた「答え合わせ」のような学びはありますか?
 術前評価の⼤切さを痛感しているという意味では、学びが⼤きいと⾔えると思います。 「⼿術の前に7割勝負は決まっている」と教えていただきました。それに「体表からの触診で、 ⾎管が何ミリか頭の中で予測しておいて、⼿術を⾒るように」とも指導されています。 そのレベルのお題はまだなかなか達成できずにおり、 体表から触ったときの予想と術中所⾒の予測はなかなか⼀致しないので、研鑽が必要だと思っています。


―⼿術⾒学のフィードバックはどのように得ていますか?
 陶⼦先⽣の⼿術記録の絵が⾮常にわかりやすいのに加えて、説明も論理的なのですっと頭に⼊ってきます。 また、飯⽥先⽣の⾼度な技術の「何がすごいのか」について、正直申してまだ理解できないことが多いのですが、 そこを陶⼦先⽣がディスカッションの⼟俵に上げてくださるので、理解がより深まることで得る学びはとても⼤きいです。


ー今後もぜひ技術研鑽を続けてください!


育てる人編 ~ 飯田潤一医師、遠藤陶子医師


(上田・近藤医師のインタビュー記事を読みながら)

遠藤:上田先生が当院に出張に来てくださっていた1年間を通して大きく成長し、 近藤先生はさらに技術研鑽を高めたことを嬉しく思っています。 ご指導・ご協力をありがとうございました。
飯田:自分としては「己が初心者であった頃に、 どこにつまずいたかを忘れないで伝えることが出来るのが良い指導者だ」と考えているつもりでしたが、 インタビューを拝見すると、のど元過ぎた大事なことをもう忘れているなあと感じました。
遠藤:先生は大ベテランですので、数十年前の記憶なのでは。 私としては、数年前の手術手技習得中の、ある日のことを思い出しました。 患者さんのシャントが閉塞した状態で来院し、その日の透析をどうするかを考えなければならない朝のことです。
飯田:透析診療で時々経験する、緊迫した光景ですね。 シャントが使えない状態でもなんとか血液を外に出す(脱血)経路を確保しないと透析ができませんが、 かといってその後の手術のことを考えると、血管を無傷で残しておきたいと思うので他のどの血管を穿刺してもよいというわけでもない。 シャントがつまっている状態で、その日の透析と先の治療を同時判断しなければならないわけですよね。
遠藤:当然のことではありますが、そういった状況で治療の戦略が頭にたくさんないと、 「患者さんにとっての安全・最善」が選択・決定できないと思ったんです。 たとえば、シャント静脈からの脱血が出来ないという理由だけで上腕動脈を直接穿刺してよいものか。
飯田:動脈を穿刺すれば脱血は充分できると期待しますが、 刺したことで血管への影響が出て次の手術が不利になってしまうなら、穿刺すべきではないですしね。 それに、その日の透析は「絶対に実施しなければならない透析なのかどうか」も考えなければなりませんし。 先生としては、今日を無理して乗り切るために、次の手術で使うかもしれない血管を刺してしまって良いのか?!と考えた、 ということですね。
遠藤:そうなんです。当時の私には、「刺すべきか否か」の最善策がすぐには決定出ませんでした。 結局、その日は腕の血管は無傷に保とうと考えて、シャントには使わないであろう血管にカテーテルを挿入することで透析する判断をしました。 それは後の手術につながったので、結果的には正解ではあったのですが、もし自分の頭のなかでバスキュラーアクセスの戦略がぱっと浮かべば、 「刺すべきでない」血管がすぐにわかるのに、と。自分ひとりの頭で対策計画を立てられなくて、 悔しくて悔しくて眠れぬ夜を過ごしたことを覚えています。
飯田:それは悔しいですね。そう聞くと、僕ももっと「その時に気が付いたあれこれ」を書き留めておくべきだったなあとおもいます。 もう戻れませんねえ。ただ、こうしてお話することで今後の指導の参考になるようにおもいます。
遠藤:習得時期の思い出としては、「手術のコツノート」をつけていたことがありました。 まだまだ私も先生に教えて頂くことがたくさんありますので、ノートを復活させて書き加えていきます。
飯田:手術や手技に思うことですが、実施していること自体は決して難しいことをしているのではありませんよね。 手術の術者になるということは「緊張しているときに当たり前のことを当たり前に出来るかどうか」が試される機会なのだと思います。
遠藤:先代からは、どんな手術でも90分以上かけることのないようにと。 先生からはどんな手術も6割力で完遂できるようになれと指導していただいています。
飯田:適所に適切な対応をすることにつきますよね。人に依りますが、 集中力量には個人差がありますから、相手チームの4番が出てきた、 ここ一番のところで「ど真ん中に渾身の直球を投げる」ためには、 一般的な手術や手技を自分の6割の力で成功させられるほどに、 自分の平均力を上げておく必要があると考えます。
遠藤:実感としてとてもよくわかります。余力をのこすことも仕事のうち、 そうすることによって懐深く色々な事例に対応できるというのは経験則としても認識しています。
飯田:実行するのは簡単ではありませんが、トレーニングすることで達成度は上げられますよね。 僕は自分が術者をした患者さんの手術記録は繰り返し見返していたので、名前を聞いただけで、 いつどんな手術をしたかを覚えていました。いまでも大切にしていることは、 来週の手術予定の患者さんに「どのような方法がベストか」を空き時間などに思索することです。 シャワーをしているときなどに、するっとアイデアが出てきたりします。
遠藤:私もアイデアはシャワーで出てきます!何故でしょうね。 あとは夜、寝しなに思いついて起き上がってメモすることもあります。
飯田:現場と自分の脳みそのキャッチボールのような感じですよね。 そして、手術を6割の力で成功させるためには、英語の上達の極意と同じく、 キャッチボールを繰り返す、即ちより多く症例に触れ合うしかないかと思います。
遠藤:当院では他院からの相談や紹介症例も増えて年々手術件数が増えていますから、 上田先生や近藤先生など後進の育成に力を入れられており、 教育の機会と患者さんへの良い医療の提供の両立が可能となっていることを有難くおもっています。
飯田:「手術の成否の7割は術前にすでに決まっている」と言うわけです。 映画のインディー・ジョーンズシリーズで、ジョーンズ考古学博士が言った台詞のリメイクです。 「考古学上の大発見のほとんどは図書館に眠っている!」という台詞がありました。
遠藤:生涯勉強ではあると思うのですが、成長過程においては「気づくタイミング」というのがあると思うのですね。 手術技術を勉強し始めた時期から、術中の一部始終を「結果を知った上での最善手はなんだったか」を自分による副音声で反芻する習慣がつきました。 その次に始めたのは、次の手術のイメトレを繰り返すことです。
飯田:遠藤先生と僕とで手術に入る時も、 いつも手術の計画を術中の画像イメージをお互いの頭で描きながら言葉や実際に紙面に絵を描いてディスカッションしますよね。
遠藤:自分のなかで緊張を吸収してなおパフォーマンスを保つのりしろをとるために、 常に技術研鑽が必要だとおもっています。そして、後進を育てるということは、 「自分の学びを口で説明する機会」であるとも思っています。 今後もバスキュラーアクセス診療へのご協力、よろしくお願いいたします。